トヨタ・86 試乗レビュー










この日本に、FRのスポーツクーペが存在する。もうそれだけで、この車の存在価値は充分だ。とにかく低く低く構えたフォルムは走りの俊敏さを思わせる一方で、いわゆるラクシュリークーペのように大柄というわけでもなく、こぢんまりとした佇まいはかつてのライトウェイトピュアスポーツの世界観を思わせる。もっとも、車両価格や排気量、車両重量を考えたら、ライトウェイトスポーツよりはちょっとだけ大きめと言った方が良いかもしれない。マイナーチェンジを重ねるごとに、デザインの追加箇所が増加し、ラインや曲線が多くなったのは残念だと思う人もいるかもしれないが、空力を向上させ、技術を次世代に伝承するためにも、仕方ないと言える点かもしれない。乗り込んで感じるのは、FRで縦置とはいえ、水平対向エンジンが搭載されている割りには、ボンネットが長く感じると言うことだ。着座位置が低く、囲まれ感が強い、レーシーな雰囲気であるため、初めて乗る場合は目線感覚や視界などで不便を感じるかもしれないが、個人的にはすぐになれるレベルだと感じた。ただ、後方の視認性は悪いので、バックカメラは必須だろう。内装はそれほどクオリティが高いとはいえないし、デザインも子供っぽいが、車両価格やコンセプト、軽量化を考えれば、これくらいで良いのかもしれない。エンジンは市街地でも扱いやすい。トヨタと共同開発された2リッター直噴水平対向エンジンは、信号待ちからの発進加速や合流では、充分以上の性能を見せてくれた。低回転でもモリモリ湧き上がるトルクがある、というわけではないが1000回転あたりから加速しようとするときでもググッと背中を押される感覚がある。エンジン音も巡航中だと、ピュアスポーツとは思えないくらい静かだ。6速オートマチックは、発進時に少しだけ急激にトルクを伝えてきてしまう傾向があるが、注意していれば特に問題はない。ワインディングロードにこの車を持っていくと、ああ、やっぱりこの車は日本の峠を走るための車なんだなと思い知らされる。ステアリングからのインフォメーションが非常に的確で、カーブでは機敏そのものというよりも、折り目正しくラインをなぞっていくという感覚だ。ステアリングの剛性感はとても良好で、路面状況も手に取るようにわかる。シャシーの剛性は正直そこまで高いとは思えなかったし、タイヤもグリップ力がそれほど高いとは思えない。したがって、コーナリングスピードはそれほど速いとはいえないのだが、全体としてのバランスが良くなんだかとても楽しい気持ちにさせてくれる。もっとお金をかければ、より高いロードホールディング性能やトラクション性能を稼げたのではないかと思うところだが、無理をせず、高い部品を使わず、全体としてのバランスや仕上がりを重視したことによって、初心者でも安心して走れる速度域で、楽しいと感じる運転ができるようになっている。それほど出力のあるエンジンではないので、パワーオーバーは出ないかもしれないと思っていたのだが、オートマチックでも比較的すぐにお尻が滑り出してしまうようだ。それでも、ボディの一体感や低い重心、あるいはある程度のロールを許容する足回りによって、車の荷重変化が手に取るようにわかってしまうので、オーバーが出てもそれほど怖くはないはずだ。ただ、唯一予測できなこととして、カーブの途中で路面が荒れている場合など、突然お尻が出てしまうことがあったためそれがなければもっと粋かもしれないとは思うが、これもまた勉強だと思って、ドライビングの練習をするしかないかもしれない。いずれにしても、いろんなところで言われているように、この車はドライビングの腕を磨くのにはうってつけだと感じる。市街地で扱いやすいエンジンは、飛ばすとあまり面白くないものが多いのだが、ここはさすが水平対向というべきか、7500回転までストレスなく、すっきりと回る。普通の車ではシフトダウンできないような速度域でも、普通にセカンドまで落とせてしまうのだから驚いてしまった。しかも、低回転から高回転までほとんど一貫して加速感が増加していくため電気自動車ではなく、エンジンの車に乗っているという喜びに満ち満ちている。このエンジンをハイオク仕様にしたことは正解だと感じる。もしレギュラー仕様なら、ここまで普段使いと高回転での楽しさを両立できることはなかっただろう。最近は、こんなエンジンが本当に減ってきてしまった。エンジンの音は、ブオンブオンという低い排気音が強調されたもので、スポーツカーに乗っているということを意識させてくれる。先述した通り大人しく走っている分には静かだが、ひとたび踏み込めばやる気の出る音を車内に響かせる。ちょっと子供っぽいなと感じる人もいるかもしれないが、車の性格を考えたらこれ以上の演出はないのではないかと思う。トランスミッションである6速のトルクコンバータ式オートマチックは、近年のトルコン式にしてはシフトアップ時にほんのちょっとだけトルク抜けするが、エンジンと車輪とのダイレクト感が強く、走り出してしまえばマニュアル車と遜色のない一体感を味わえる。マニュアルモードでの変速もスピーディーで、特にシフトダウンはフリッピングが行われ、グワンというやる気のある音とともにショックなくギアがつながってしまうのでスポーツ走行においてはほとんど文句がないと言っても良い。ただ、スポーツモードでDレンジにしている際などはもうちょっとだけ回転数を高く保ってくれていても良いかなとは思ったし、このオートマチックが優秀であることは全面的に認めるが、やはり車の性格から言うと3ペダルのMT車の方があっている気がするし、運転が上達したいというのならやっぱりMTだろう。高速域でのスタビリティは、低重心にたすけられているものの、ロードホールディングがもうちょっとあれば文句はないといったところ。日本の高速道路をおとなしく走るのであれば何も問題はない。乗り心地については、先述した通り、シャシーの剛性感がイマイチなのか大きな突き上げがあった際はビリビリとフロアが振動している場合があった。また、エンジンの振動もほんの少しだけフロアの前方やアクセルペダルに伝わってくるが、ピュアスポーツであればこれくらいは許容するべきだろう。サスペンション自体はよくストロークし、ピュアスポーツとしてはあたりが柔らかいため、グランドツアラーとしてもギリギリ許容できるかもしれない。
この車の評価軸は、性能が高いかどうかではなく、楽しいかどうかということだろう。もうこの時点でトヨタの勝ちなんだと思う。スペックやエクステリアを見ただけで、楽しいかもしれないと予感させてくれる車を、日本の自動車のリーディングカンパニーが出しているという事実に我々は大いに感謝しなければならない。車両価格は、一般的な新卒が買うにしては高いし、かといって富裕層が買うような値段設定でもない。すれ違う86やBRZの運転席に座るのは、案外歳を重ねた人が多い気がする。そう考えればロードスターと比べると、内装や音の演出などに子供っぽさを感じることも事実だし、ラクシュリーな雰囲気には程遠い。しかし、それでいいじゃないか。大人として、カッコつけなければならない時、責任感と自覚を持たなければならない瞬間があるのは確かだが、時にはまるで遊園地のゴーカートに乗る子供のようにはしゃぐ場面があったって良いはずだ。それに、若い人でも、本当にこの車に惚れ込んだというのなら、多少無理をしてでも買ったほうがいい。エンジンやトランスミッション、サスペンションやタイヤを感じながら、限りなく地面から近い位置で、車との一体感と操る楽しみを感じることができたのなら、一瞬にしてドライビングスキルが向上してしまうことだろう。
給油量35L 走行距離494.3km 今回燃費14.1km/L

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